米財務省の暗号資産戦略、デジタルアイデンティティが前面に
米財務省が2026年3月に公表した議会向け報告書において、暗号資産(仮想通貨)分野の不正対策を支える中核技術として、「デジタルアイデンティティ」が明確に位置づけられました。
この報告書は、2025年に成立したGENIUS Actを受けて作成されたもので、金融機関やデジタル資産サービス事業者に向けて、不正対策の高度化をどう進めるかを整理した政策文書です。注目すべきは、AIやブロックチェーン分析と並ぶ主要な技術領域として、デジタルアイデンティティが大きく取り上げられている点です。
GENIUS Actとは
GENIUS Act(Guiding and Establishing National Innovation for U.S. Stablecoins Act)とは、米国のステーブルコインに向けた国家イノベーションの指針と確立に関する法の要請を受けて作成されたものです。
暗号資産の拡大と「継続的な確認」の必要性
背景にあるのは、市場の拡大と不正対策のジレンマです。暗号資産やステーブルコインの利用をさらに広げるためには、必然的に不正利用へのガードを固める必要があります。

財務省の報告書は、盗用された資格情報や偽造身分証による口座開設、既存口座の乗っ取り(アカウントテイクオーバー)といった問題を重く見ています。
従来型の「身分証の画像を撮影・送信する本人確認(eKYC)」が高度な偽造リスクに晒されている現状については、過去記事でも触れた通りです。
米国の暗号資産領域でも、まさにこの「画像ベースから、暗号学的に検証可能なデジタルデータへの移行」が急務となっています。
さらに暗号資産の世界において、本人確認が必要なのは「最初の口座開設時」だけではありません。ウォレットの継続利用、送金先の正当性確認、取引相手のリスク判定など、あらゆる場面で確認が求められます。
だからこそ、確認結果や属性情報を安全かつデジタルに再利用できる仕組みが急務となっているのです。
金融システムにおける不正対策(マネーロンダリングやテロ資金供与対策)の国際的な枠組みについては、過去記事でも詳しく解説しました。
今回の財務省の動きは、この厳格な金融ルールの最前線に、ついに「暗号資産とデジタルアイデンティティ」が本格的に組み込まれたことを意味しています。
注目すべきはVCへの言及
今回の報告書で特に目を引くのが、「verifiable digital credentials(検証可能なデジタル資格情報)」への明確な言及です。
財務省は、金融機関の既存の顧客確認(KYC)プロセスの中で、こうしたデジタル資格情報をどのように活用すべきか、今後ガイダンスを出す方針を示しました。さらに、「第三者が行った本人確認の結果(=発行された資格情報)を、別の事業者が受け入れやすくする方向性」にも触れています。
ここから読み取れるのは、本人確認を「各社ごとの1回限りの手続き」として消費するのではなく、「確認済みの信頼できる情報を、必要な場面で再利用していく」というパラダイムシフトです。これは、私たちがこれまで追ってきたVC(Verifiable Credentials)や属性証明の議論と完全に軌を一にしています。
実務上のハードル
しかし、導入のハードルは技術そのものよりも「運用側」にあります。
金融機関にとっては、「デジタル資格情報を既存のコンプライアンス手続きに組み込んで本当に問題ないか」「どの発行者を信頼すればいいのか」「自社のレガシーシステムとどう繋ぎ込むのか」が最大の関心事です。報告書でも、相互運用性の不足やシステム改修の負担が課題として率直に挙げられています。
つまり、現在の論点は「デジタル資格情報を作れるか」ではなく、「厳しい金融実務の中で、法的に・システム的に受け入れられる形に落とし込めるか」へと移行しています。そこには、制度のすり合わせ、保証水準の定義、トラストフレームワークの構築、そしてプライバシー設計のすべてが含まれます。
まとめ
今回のニュースは、米国という巨大な市場の暗号資産政策において、デジタルアイデンティティが「実務の論点」として議論のメインになったことに大きな意味があります。
VCや属性証明の文脈で読み解けば、焦点はすでに「技術の新しさ」ではなく、「確認済みの情報を、どこまで信頼可能な形で再利用できるか」というビジネス・法規制のフェーズに移りつつあります。暗号資産の領域でその議論が正式な政策文書に組み込まれたこと自体が、実務を取り巻く空気の決定的な変化を示していると言えるでしょう。
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