オーストラリアでデジタルIDパイロットを開始
ニュース原文:https://www.biometricupdate.com/202602/new-south-wales-govt-kicks-off-digital-id-pilot
オーストラリアのニューサウスウェールズ州(NSW)が2026年2月に州独自のデジタルIDパイロットを開始しました。これは単なる技術実験ではなく、「政府サービス利用時の本人確認プロセスの再設計」を試みる制度実装の一歩です。
公的証明のデジタル化は長らく構想段階にとどまってきましたが、実際の行政手続きでの運用可能性を検証する段階に移ったことを示しています。
今回の取り組みの概要
NSWでは、16歳以上の住民を対象にデジタルIDのパイロットを開始しました。参加は任意で、専用のモバイルアプリを通じて申請します。本人確認は自撮り写真を用いた生体認証(face verification)と既存IDとの照合によって行われます。これにより、利用者は初回に一度だけ身元を証明すれば、その後の州政府サービス利用時に再度書類を提示せず手続きを進められる点が特徴です。
パイロット初期は利用シーンが限定され、まずは有料道路の割引申請への適用から開始されていますが、段階的に対象サービスが拡大される計画です。参加者には MyServiceNSWアカウントが必須で、利用者の同意した最小限の情報だけがやり取りされる設計です。
なお、現在のNSWデジタルIDは、オーストラリア連邦政府が管理する「myID」とは別物であり、連邦サービスでは利用できません。
制度・業務上の論点
1) 身元証明の負担軽減と運用の変化
従来、政府サービスでは利用者は書類や番号を提示して個人属性を証明する必要がありました。これには送付・持参・再提出などの負担が伴います。デジタルIDはこの過程を「一度の強い証明 → 再利用可能」という形に変える可能性があります。
業務上は、利用者の身元確認・本人性の担保が再利用可能になり、同じ手続きを繰り返すコストが下がる点が大きいです。一方、その過程が「強い証明」となるため、設計時にどこまでの保証を担保するかが問われます。
2) 生体認証の役割と限定
今回のパイロットでは、自撮り写真による生体認証が本人確認トリガーとして組み込まれています。ここでの生体認証は、
- 既存の公的IDと照合する一次的本人証明
- 紐付けられたアカウントに継続的に使われる可能性
という二重の意味を持ちます。制度設計では、生体認証を本人らしさを確認する手段にとどめ、その結果をどのように再利用可能な形で扱うかを分けて考える必要があります。
これは、Receptでも「生体認証は本人らしさの確認」として整理している通りです。
技術は何を担っているか
今回のデジタルIDは、単にスマホアプリでログインする仕組みではなく
少なくとも以下の機能が組み合わされています
- 生体認証による本人照合(face matching)
- 既存ID(運転免許証・パスポート等)との一致確認
- 最小情報のみを共有する設計
- 継続利用可能なデジタルIDの生成
生体認証は「証明済みの属性を再利用可能にするためのアクション」であり、これがないとデジタルIDとして成立しません。この点は、DID/VCの本質である「一度検証した属性を再利用できる形で保持・提示する」設計と整合します。実際にNSWは以前から、デジタル写真カードを VC(verifiable credential) に変換する試みも進めています。
参照元:https://www.biometricupdate.com/202504/nsw-trial-lets-users-turn-digital-photo-cards-into-verifiable-credentials
まとめ
NSWのデジタルIDパイロットは、制度価値の検証フェーズに入ったデジタルID導入の実例です。単なる「IDをデジタル化する試み」ではなく、本人証明・再利用性・サービス結合の実装可能性を行政が自ら検証する点に意味があります。
本格運用に向けては
- 認証保証レベルの設計
- VC/DID標準への対応
- 利用者プライバシー保護
といった制度上の論点が引き続き重要でしょう。

